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東京地方裁判所 平成8年(ワ)11662号 判決

原告

甲野春子

右訴訟代理人弁護士

稲田寛

平松和也

被告

乙川一郎

右訴訟代理人弁護士

田中学

主文

一  被告は、原告に対し、金三〇一六万〇九〇〇円及びこれに対する平成八年七月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

主文同旨(付帯請求の始期は訴状送達日の翌日)

第二  事案の概要

本件は、居住用不動産を二度の取引により譲渡し、二年度にわたる譲渡所得の申告をして既に税金の納付を終えた原告が、これらの取引を一括して申告していたならば居住用不動産を譲渡した場合の長期譲渡所得の課税の特例による軽減措置を受けられたはずであるのに、原告から税務申告手続を受任した税理士である被告の過失によりその軽減を受けられなかったと主張して、課税軽減を受けられたはずの金額の損害賠償を求めたのに対し、被告が、同一年度での申告手続をせず、別の年度で税務申告手続をとった点に過失はないと主張して争う事案である。

一  争いのない事実等

1  原告は、平成四年度の確定申告の際、別紙目録記載の取引(一)(以下「本件取引(一)」という。)に係る不動産譲渡所得の申告をしなかったため、平成六年二月ころ、かねてから税務申告手続を依頼している税理士である被告に対し、本件取引(一)に係る譲渡所得の修正申告手続を依頼するとともに、同目録記載の取引(二)(以下「本件取引(二)」という。)に係る譲渡所得の税務申告手続を依頼した(被告3項、8項)。

2  被告は、原告のために、本件取引(一)についてのみ、平成四年度分の譲渡所得として修正申告手続を行い、本件取引(二)については、平成六年三月一六日、平成五年度分の譲渡所得として確定申告手続を行った。

3  その結果、原告は、左記のとおり、合計金七五一四万〇五〇〇円を税金として納付した。

(一) 取引(一)の課税対象所得

八四一五万六〇〇〇円

取引(二)の課税対象所得

一億五八七四万二六〇〇円

(一〇〇〇円未満切捨てのため、一億五八七四万二〇〇〇円として扱われる。)

(二) 平成四年度の修正申告による納付分

(1) 所得税

(八四一五万六〇〇〇円−六〇〇〇万円)×一五パーセント+六〇〇万円=九六二万三四〇〇円

(2) 住民税

(八四一五万六〇〇〇円−六〇〇〇万円)×五パーセント+二四〇万円=三六〇万七八〇〇円

(3) 合計 一三二三万一二〇〇円

(三) 平成五年度申告による納付分

(1) 所得税

一億五八七四万二〇〇〇円×三〇パーセント=四七六二万二六〇〇円

(2) 住民税

一億五八七四万二〇〇〇円×九パーセント=一四二八万六七八〇円

(一〇〇円未満切捨てのため、一四二八万六七〇〇円と扱われる。)

(3) 合計 六一九〇万九三〇〇円

4(一)  譲渡所得の総収入金額の収入すべき時期は、譲渡所得の基因となる資産の引渡しがあった日を原則とするが、納税者の選択により、譲渡に関する契約の効力発生日の属する年度分の収入金額とすることができる(所得税法基本通達三六―一二)。

(二)  原告は、昭和三四年七月二九日、本件取引(一)及び(二)の対象となった土地を買い受け、その後一〇年以上所有し、本件各取引にいたるまで、自己の居住の用に供してきた。

したがって、本件取引(一)及び(二)を一括して申告すれば、両取引の譲渡所得額全額について、居住用財産を譲渡した場合の長期譲渡所得の課税軽減の特例措置(租税特別措置法三一条の三、地方税法附則三四条の三)を受けることができた。

5  その場合、原告が負担すべき譲渡所得税は、左記のとおり、合計金四四九七万九六〇〇円であった。

(一) 取引(一)の課税対象所得

八四一五万六〇〇〇円

取引(二)の課税対象所得

一億五八七四万二六〇〇円

合計 二億四二八九万八六〇〇円

(一〇〇〇円未満切捨てのため二億四二八九万八〇〇〇円と扱われる。)

(二) 特例による譲渡所得税の計算

(1) 所得税

(二億四二八九万八〇〇〇円−六〇〇〇万円)×一五パーセント+六〇〇万円=三三四三万四七〇〇円

(2) 住民税

(二億四二八九万八〇〇〇円−六〇〇〇万円)×五パーセント+二四〇万円=一一五四万四九〇〇円

二  争点

1  被告が、本件取引(一)及び(二)について、同一年度での申告手続をせず、別の年度で税務申告手続をとった点に過失が認められるか。

2  被告の過失と相当因果関係をもつ原告の損害はどの範囲か。

第三  争点に対する判断

一  争点1について

1  被告が、原告から税務申告手続の依頼を受けた当時、本件取引(一)及び(二)に係る不動産譲渡所得を平成四年度分の譲渡所得として一括して修正申告することが可能であったこと、その場合、原告は、実際に納付した税額に比べ三〇一六万〇九〇〇円の課税軽減を受けられたことは、前記第二の一の事実と租税関係法令、通達に照らして明らかである。

2  そして、証拠によれば、被告は、平成六年二月の時点において、原告から、本件取引(一)及び(二)の税務申告手続を依頼され、両取引の内容を聞いていたこと(甲14、被告8項)、両取引を一括して修正申告することには困難を伴わず、現に被告も一旦は一括修正申告に思い至ったが、専ら加算税を賦課されることに気をとられてともかく早期に修正申告することばかりを念頭に置いたため、深く検討をしないまま、平成四年度分の譲渡所得として、本件取引(一)についてのみ修正申告手続をし、一括修正申告手続をしなかったこと(甲14、被告11、12項)が認められる。

ところで、税理士は、税務に関する専門家として、独立した公正な立場において、申告納税制度の理念にそって、納税義務者の信頼にこたえ、租税に関する法令に規定された納税義務の適正な実現を図ることを使命としている(税理士法一条)。したがって、税理士は、税務の専門家として、納税義務者から税理士業務を依頼された場合には、税理士業務を特定の方法で遂行することを指定されたとき、特定の税理士業務のみを独立に指定して依頼されたとき、又は納税義務者にとってより有利な途を選択することに何らかの困難、弊害が伴うときなど、特別の事情があるときでない限り、租税関係法令に適合した範囲内で依頼者にとってより有利な税理士業務の方法を選択すべき義務があるというべきである。

本件全証拠によっても、本件において右の特別の事情のあることは窺われず、かえって、両取引を一括して修正申告することは容易であったということができるから、被告は、依頼者である原告の利益を図り、課税上より有利な両取引の一括修正申告手続を選択すべき義務があったというべきである。

したがって、被告が本件取引(一)及び(二)について、同一年度での申告をしないで、両取引を別の年度で申告した点に過失が認められるから、被告は、その結果原告が被った損害を賠償する義務がある。

二  争点2について

前記一の1及び2における検討の結果と前記第二の一の事実によれば、被告の注意義務違反の行為がなければ、前記第二の一の3と5との差額である三〇一六万〇九〇〇円は、原告にとって本来納付すべき税額ではなかったということができるから、被告の過失に基づく原告の損害としてこの金額全額について相当因果関係を肯定することができるといわなければならない。

三  以上のとおりであって、原告の本訴請求は理由がある。

(裁判長裁判官成田喜達 裁判官山﨑勉 裁判官中丸隆)

別紙取引(一)

売買物件

世田谷区中町○丁目○○番○○ 宅地一三二、二五平方メートル (同所五〇番七より平成四年一二月一五日分筆)

同所同番一〇 宅地三九、二〇平方メートル持分一〇分の四 (私道持分)

売買契約年月日 平成四年一〇月八日

売買価額 金一億三、六〇〇万円

買主 A外一名

所有権移転登記年月日 平成四年一二月二五日

別紙取引(二)

売買物件 世田谷区中町×丁目××番× 宅地一九八、六一平方メートル

同所同番一〇 宅地 三九、二〇平方メートル持分一〇分の六 (私道持分)

売買契約年月日 平成四年一二月二五日

売買価額 金一億七、〇〇〇万円

買主 B外二名

所有権移転登記年月日 平成五年二月一九日

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